創作(小説)

ブルー・ロータス(第7回) 

 「この世で、最も美しい花・・・」

 女は青年の言葉をくりかえした。太刀を失った男は、短く嘆息した。どうやら、女を殺めるのを諦めたようであった。威嚇を続けるイヌワシの横を通り過ぎると、縁側に腰を下ろした。

 「止むを得んな」

 とだけ言うと、鎧を草叢に脱ぎ捨てた。

 女は安堵した。男の様子を見て小さく笑むと、青年の隣に座った。イヌワシも威嚇を止めると、青年の側にその身を置いた。

 気が付くと、いつの間にか雨は上がっていた。雨音はやがて虫の声にとって変わった。漆黒の闇が、紺青に緩やかに移ろっていき、彼方の山の端が白むのが見えた。

 もうすぐ、夜が明ける。

 池にはあちこちに睡蓮の蕾があった。

 三人と一羽は、ただその様子を眺めていた。

 

(続く)

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ブルー・ロータス(第6回) 

 だが、振り下ろされた太刀が女に傷をつけることはなかった。

 太刀は男の手をすり抜け、宙を舞い、青年の衣の裾に刺さった。

男は勢いよく踏み出した一歩で腐った床を踏み抜き、地面に落ちていた。その隙に女は青年の側に慌てて逃げた。

 「振り上げた太刀の代価にしては、あまりにも・・・哀しい」

 青年は苦笑混じりに息をついた。

 男は床に手をかけ、立ち上がった。その瞳には灯火と女の姿が映っていた。

 「今宵こそは・・・今宵こそは主の下に、そなたを・・・っ」

 傷と泥にまみれた腕を女の方に伸ばしながら、男は用心深く近づいてきた。女は怯えて、青年の肩に縋るように手を掛けている。

 イヌワシは近づいてくる男と二人の間に舞い降りた。そして威嚇するように、大きな翼を広げた。

 不意に、青年が口を開いた。

 「主君の下だけが、帰る場所ではないでしょう。そして、あなたも」

 「私・・・」

 「ここで我々がまみえたのも何かの縁・・・どうです?もうすぐ時が満ち、朝が来ます。この世で最も美しい花が開くのをご覧になりませんか」

 着物の裾に刺さった太刀を抜き、二人に呼びかけた。

(続く) 

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ブルー・ロータス(第5回) 

 「そこにいる・・・あなた。そんなところで何を企んでいるか、私には分かります。だから・・・」

 青年の視線をなぞるように闇を無視してイヌワシが飛んだ。一直線に。そして、闇に姿を消した。低いうめき声と、ばたばたと騒々しい物音が響き、やがてそれが静まると黒い影がよろめきながら姿を現した。

 破れ鎧を身につけた男が太刀を抜いている。

 女はその男の肩に付いている紋を見て顔色を変えた。追ってきたのだ。こんなところまで・・・

 「物騒なものを・・・」

 青年はぽつりとそれだけ言うと、再び外に視線を移した。この状況を見ても顔色一つ変えない。女の恐怖に怯える表情も、男の太刀も彼は歯牙にもかけていない。

 「かような処にいらしたとは・・・見つけ次第殺せとの主の命令。申し訳ありませんが、ここで我が手に」

 男は太刀を構えると、女目がけて足を踏み出した。

(続く)

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ブルー・ロータス(第4回) 

 女は懐に隠し持っていた小刀に手を掛けた。何故知っている何故知っている・・・どうしてくれようどうして・・・考えはいくらか頭の中を巡ったが、柄を握ったまま動く事ができなかった。

 青年はその様子を黙って見つめていた。

 「始末するなら、それも結構。でも・・・朝まで待ってくれませんか。頼まれ事が、ありましてね」

 それだけ言うと青年はうつむいて、深く長く息をついた。そして女に落ち着いて座るように言うと外の景色に目を向けた。

 雨が、しとしとと降り続く音。

 滴が、ぽたぽたと落ちる音。

 音に混じって闇に浮かぶのは、わずかな灯火に照らされ、ぬらぬらと光る草葉。

 池に浮かぶ波紋。そして、

 睡蓮の蕾。

 「今日のような・・・と言うと、不謹慎になるのかもしれませんが」

 青年が再び女の方を見た。その視線は僅かな憂いを帯びたものだった。

 「涙雨を受けた花は、一層美しく花開くものなので。それを見届けたいのですよ・・・ああ、もし良ければ」

 言葉を切って、女が入ってきた戸の方に緩く視線を向けた。女もその視線を追いかけた。

 誰か、いる。

(続く)

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ブルーロータス(第3回)

 その声音が穏やかなものであることに安堵し、女は部屋に入った。所々、床が抜け穴が空いている。その穴からは丈の長い草が伸びている。女は用心しながら歩みを進め、灯火の方へと近づいた。

 灯火の主はどこかあどけなさを残した青年だった。長い髪を緩く縛り、女物の衣を羽織っている。外の景色を眺めていた視線をゆっくりと女の方に向けた。

 「これは、また・・・」

 銀の瞳が焔に照らされた女の姿を静かに映している。

 その瞳を見て、女は慄然とした。銀の瞳など、人の筈はない。

 鬼神か、あやかしか・・・

 いずれにしても、恐ろしいことに変わりは無かった。だが、青年は女の慄きなど気にも留めず、のんびりとした口調で話を続けた。

 「御国から逃げて来られたか?」

 「何故、そう思います?」

 恐れを隠し、女は青年に問うた。

 「遠く、煙が上がるのが見えましてね。ちょうどその煙がこの雨を・・・無念と悲しみ、涙雨を降らせたのでしょう」

 青年は腕を伸ばし、落ちてくる水滴を手のひらで受け止めて見せた。

(続く) 

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ブルー・ロータス(第1回) 序

 今宵の舞台は、深く暗い森の中・・・雨降る夜の中に建つ一軒の廃屋でございます。

 この軒下に、女が一人。

 そして、道に迷った傷を負った兵士が一人。

 廃屋の側には世闇もかくやと思われる程の、混沌をたたえた昏き大きな池が一つ。

 さて、どのような『彩』が目覚めるのか・・・

 (続く)

 

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